「また」・・・である
イラクに写真を撮りに行って人質になった奴が出た。
ここ数日新潟での大地震の報道に埋もれてしまっているが、
考えれば考えるほど愚かな話だ。
今このコラムを書いている時点で、彼の消息は不明である。
報道が事実ならば、一番危険な組織の人質になったようだ。
その組織は簡単に人質を殺し、首を切る。
人質になった奴はいったい何を考えているんだろう?
どれだけの人間が迷惑をすると思っているのか?
自衛隊のイラクでの活動の善悪を問う以前の問題である。
自衛隊は例えそれが、日本政府によるアメリカへのご機嫌取りだとしても、
今彼らを必要としている多くのイラク国民が居るのも事実である。
発電所や浄水所、道路や病院の建設、補修。
学校の建設。多くの市民や子供達が待ち望んでいる。
彼の軽率な行動は、この全てを無にしてしまう可能性がある。
日本人も古来首を切り落とす事を見せしめにして来た。
晒し首である。
切腹時には介錯人が首を切り落とした。
首切り専用の太い刀を胴太貫(どうたぬき)という。
大石内蔵助が吉良上野介の首をつり上げて凱旋したのも有名である。
「首を取る」とはよく言ったものだ。
命乞いをする位なら腹を切れ
日本人は口ばかりで、実際に生首を目の当たりにして事の重大さに気が付くのだろう。
刑場のあった品川大井の鈴ヶ森には、今でも生首が化けて出るという。
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